HOME | 概要 デリー空港 ラマユル ファンジラ コンスキ峠手前でテント スムダ・チェンモ スムダ・ド レー レー→デリー→成田

コンスキ峠トレッキングエリア:南アジア(インド) 日付:2009/10/09 (7/9)

スムダ・ドの朝

いつも通り7時起き。マトゥとニキが寝ている部屋を通って、外に出る。


おばあさんがツァンパを炒っていた。



朝食は、玉ねぎとトマトの入った卵焼きとずっしりと重いパン。フランスでは2~3週間に1回くらいしか卵を食べないらしいけど、こう毎日、卵を食べられてうれしいとニキが言っていた。



学校に行くため、子供たちは制服姿。学校はすぐ近くにあり、時間はたっぷりあるので、家のお手伝い。



水汲み作業中。



10月9日12時にスムダ・ドに迎えに来るように頼んでいたタクシーが本当に来てくれるのか、不安があったが、どうすることもできないので、その時間まで、小さな村の中を歩き回る。



家のすぐ裏を登ってみると、昨日歩いてきた谷が見えた。今日は、天気が悪く、おそらく峠では雪が降っていることだろう。



村の風景。ここには2軒の家だけしかない。



村の小学校。先生2人と生徒4人。私たちが行ったときは、生徒の1人が風邪にかかったので、レーまで先生の付き添いのもと行っていた。



生徒は、学校が始まる10時よりずいぶん前に登校して自習。マトゥが英語を教えていた。学校は月曜日から土曜日の10時から~16時(ただし、土曜日は半ドン)。



小学校の廊下。3部屋だけの小さな学校。



教室の黒板。



広い庭が広がる。宿の上が裏山。



泊った宿には猫や犬がいた。名前も付いていたが、失念。


スムダ・ドからレーへ


学校の先生と子供たちにお別れの挨拶をしたのち、宿に荷物を取りに帰り、私とフランス人2人の荷物を積み込み、レーへ出発。




レーへ


ザンスカール川の脇を通って、ニム近くを通過し、レーに近づいていく。



インダス川脇を走り、レーに向かう。こちらの谷は本当に広いなぁ。


レー着


スムダ・ドから1時間以上かかったが、無事、レーに到着。別れ際に、「夕食はおごらせてくれ」ということだったので、夜の19時30分にギスモの前で待ち合わせの約束をして別れる。


ゴタル・ゲストハウスへ


前回と同じゴタルゲストハウスへ行くと、外壁の色が白色に変っていた。よくよく聞いてみると、白とかクリームといった色は幸福の色だが、黒とか茶とか良くない色なのだとか。

宿では、汚れた体を洗い、服も洗った。特にやることもなかったので、19時半まで宿から出ることはなかった。



中庭では主人が壁の補修作業中であった。



主人&学校の先生をやっている奥さんと子供たち。私がフランス人2人とアムドカフェで食事をして、戻ってくるとみんなそろって団らん中であったので、混ぜてもらって写真を一枚。22時くらいまでこの部屋でごろごろしていた。



HOME | 概要 デリー空港 ラマユル ファンジラ コンスキ峠手前でテント スムダ・チェンモ スムダ・ド レー レー→デリー→成田

コメント

お名前:  コメント:



    関連旅行記録

    ID:  パスワード:

    足跡ノート(http://ashiato-note.com)とは

    • 足跡ノートは、メンバーの今までの国内外の旅行記録を中心に、旅の技術などについて纏めたものです。 地図や写真を多めに、見やすいサイトを心がけて作成しています。
    • このエントリーをはてなブックマークに追加 
    • プロフィール

    足跡ノートコンテンツ

    コメント

    海外旅行記録

    国内旅行記録

    旅行写真ピックアップ


    • 湖が見えてきた。

    • 笑顔がキュートな娘さんの店でミニトマトを購入(500グラム5000ルピア)。

    • 村に入ってまず最初に出くわすのは、小学校。

    • 予約していたシルケジのSultan Hotelにチェックイン,休憩の後イスタンブールの街へ。宿の前の通りで掃除のおじさんがいい感じでポージング。

    • ウズベキスタン・タシケント上空

    • まずは手前の丘の上にある仏塔に行ってみる。頼んでないのに、少年僧が先導してくれる。別に迷う道ではないが、しっかりガイド料を請求され、ちょっと辟易。

    • クンベシュワール寺院境内。昼間でもお参りに来る人が多数いる。

    • ハットルグリムス教会内。

    • 墓地の前を通ると、墓石の上になんと顎の骨が。