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マルハ谷トレッキングエリア:南アジア(インド) 日付:2008/10/12 (2/11)

デリーからレーへ


レー行きの便などだけには、搭乗直前に再度のX線チェックが行われる。また、一旦、空港外に出て、飛行機に積み込む自分の荷物のチェックもさせられる。



ジェットエアウェイズの機内食はうまい。オムレツにソーセージに、パン、フルーツの盛り合わせ。機内はガラガラ。半分も載っていなかった(なぜ、予約が取り難いのか謎)。



外の風景はデリー周辺の霞がかった風景から、次第に雪を被った山々に変わり、レーに近づくと褐色の山々に変わる。乾燥した高地だ。


レーに到着

空港に到着。飛行機を降りて、バスで空港建物内に。荷物を受け取る前に、外国人登録を済ます。荷物を受け取ってからは、タクシーを捕まえチリンまで。空港からチリンまでの片道公定ルート料金は確か1638ルピー。「1500ルピーでいいだろ?」といったら、あっさりOKだったので、そのままチリンまで移動する。


空には雲ひとつない紺碧の空間が広がっていた。タクシー運転手は名前は「ワンギャル」。ヌブラ出身で夏のシーズンだけ、レーに来てタクシー運転手をしているとのこと。「冬はどうしているの?」と聞くと、「家にこもっている」と。レーからのメイン道路は、今年改修されたそうで、ニムまではかなり快適に移動できた。



今まで何回も通ったニムからはザンスカール方向に進む。こちら側に来るのは初めて。チリンからニムにかけてのザンスカール川では、水量の多い夏の間、ラフティングが行われているとのこと。



チリンに近づくにつれて、谷が少しずつ狭くなってくる。

チリンの村は道沿いから見えない。店なども1、2軒のレストラン(開いていなかったが…時間が早いせいか?)があるだけで、随分と寂しいところだった。チリンからは砂利道がマルカ谷への渡し場まで続く。



チリンから少し先にいった渡し場でタクシーを降りる。ワンギャルとタクシー。


チリンからマルカ谷へ


マルカ谷へは、てっきり橋が架かっているのかと思っていたら、川にはロープが一本渡されているだけ…。そこにぶら下がっている箱で対岸に渡る。



近くにいた子供2人に使い方を教えてもらって、なんとか対岸へ。川の真ん中までは自重で簡単に来れるけど、そこから対岸までは結構腕力が必要。こんなところで荷物などを落としたら、それで今回のトレッキングは終わりになってしまうので慎重に。

なんとか渡り終え、トレッキングスタート地点に到着。


スキュへ

トレッキングポールを出し、帽子を被って歩き始める。空には雲ひとつなく紫外線が痛いほど強い。途中までは、重機(?)が通った後のようなものがあり、道は歩きやすい。9時15分スタート。


過去2回のラダックは冬だったので、緑は全くといってなかったけれど、今回は紅葉があちこちで見られた。ただ、そろそろ冬に入りそうな雰囲気。





スタート地点から2時間ほど歩いたところに、小さなゴンパがあったので、ここで一休み。寺の脇に一軒家があっただけで、それ以外何もない。



その家では現在、大麦の脱穀作業中。お母さんと子供が風の力を利用して、茎と穂をより分けていた。


カヤ村で一休み


道を歩いていると、「お茶を飲んで行け(もちろん無料ではないが)」との声が掛かったので、誘いにのって一休み。ミルクティーを2杯。



庭では、水に浸していたような大麦をパラシュートテントの上に広げて乾かそうとしていた。



お茶を飲ませてくれたおばちゃんとおじちゃん。「ここに泊まっていけば?」といわれたけど、「スキュまで行きたいので」と言って別れる。



スキュの村は谷に沿って広がっており、どこからどこまで村なのか良く分からない。人はそこそこ多く、チリンからレーに向かうバスに乗るために、私とすれ違う人も多かった。子供たちは元気よく遊んでいる。



村の開けたところでは、先ほどと同じように脱穀作業が行われていた。



上流から川の水を別に引いている。もちろんこれらは畑に使うためだけど、人力で切り開いた用水なんだろうな。気が遠くなる作業だよ。



川沿いの道のいたるところにチョルテンが鎮座している。崩れかかっているものも多く、一体いつからそこに立っていたのかと考えさせられる。


いつの間にかスキュ村に


どこからスキュ村になったのか良く分からなかったが、スキュゴンパを発見。出発から3時間。今日はショートトレッキング。まぁ、高山病も怖いし、初日はこの程度でしょう。



とりあえず、チョルテンがいくつか並んでいるゴンパ前を通過して宿を探す。



しかし、ゴンパを過ぎるとめっきり家が減る。ゴンパから歩いて少し進んだところあった家に泊まらせてもらうことに。



結構大きな家で、私が着いたときは宿に英語の少しできるおねえちゃんが1人いるだけだった。与えられた部屋は屋上にあるなかなか快適なもの。最初、「350ルピー」と言われたので部屋代だけで350ルピーか、少し高いなぁなんて思っていたら、朝夕食+ランチ付き。



屋上から見た明日歩く方面の風景。黄色や赤色の木々と土色がマッチしていてなかなかいい。



部屋で休憩していたら、ミルクティーとパン(?)をくれた。どちらも美味しかった。


スキュゴンパへ


来た道を少し戻り、ゴンパへ。ゴンパから宿方向を見た風景。ゴンパは無人で残念ながら入る事は出来なかった。



ゴンパ脇の谷筋を入っていくと、シンゴに続き、さらに進むとカンダ峠に繋がる。スピトックからトレッキングを開始する人は、ここに出てくる。

日が落ちてきて、寒くなったので宿に戻る。


夕食


夕食はベジカレー。ウマイよ。ちなみに、このトレッキング中は肉類を食べられないので野菜だけで我慢しなければならない。



お姉ちゃんと10ヶ月の子供。



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    • 同上。ミナレットの展望台は10人でいっぱいになるくらい。タイミングによっては、大混雑になる。また、ここまでの昇り降りで、足が痙攣する人多数。

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    • ミャンマーに来たかった理由はバガンでの夕日を見たかったから。はっきりとした夕日は乾期でないとなかなか難しいらしいけど、これでも十分満足。一旦宿に戻っていたので16時半ごろ宿を出て再び5km以上を自転車でこいでオールドバガンへ。今日はシュエサンドーパゴダから夕日を見る。ただこの遺跡も焼けていて。日陰の階段から出ないと登れない。ここでおそろいのバガンのTシャツを着ているシャン族の人たちと写真を撮りあったりして夕日が見える時間まで楽しいひと時を過ごす。

    • 昨日と同じように空港に行く。今日は一番最初にカウンターが開いた。TAX165Rsを払う。今日は昨日と違ってまったく風がない。正面のニルギルもはっきりと見ることができる。でもロイヤルネパールは3機の内、やっぱり一番最後に登場。当然出発も8時半のビリ。後ろに座っていたチベタンのお嬢さんがしきりに機内に米をまく。お祈り。プージャ。