インド(ラダック2008):スキュ
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成田空港からひとまず北京空港へ
オフシーズンのためか、成田空港はガラガラ。金融危機で円高が進んでいることもあり、使う予定もないけど、5万円をドルに替える(102.10円/ドル)。成田から北京への中国国際航空の機内は、修学旅行生がいたためか満席。帰りの便もそうだったけど、成田-北京間の飛行機の座席間隔は狭すぎ…国内線のようだ。
北京空港からデリー空港へ
北京からデリーへの便については、座席間隔が広く快適。やっと国際線に乗ったいう印象。なんでこんなに違うんだろう?ただ、成田-北京、北京-デリーのどちらの便も飛行機自体はボロ。デリー便は機内放送の音が悪く、離陸時に行われる安全についてのビデオが無音であった。
デリー到着
デリー空港が少し綺麗になっている。全体的な構造は変わっていないので、内装を改修したのだろう。ただ、どうやったのか微妙に建物内が広くなっているような気もした。荷物を受け取り、税関を出たところで、3万円をルピーに両替。すべて500Rs以下にしてもらい、一部をさらに小額紙幣に替えてもらった。あとは、待合室で日本人のおじさんと4時前まで話しながら過ごす。
デリーからレーへ
国際空港から無料バスで、国内空港へ移動する。バスは満席で4時ちょうど出発。30分くらい掛かって国内空港へ。まだ、外は真っ暗で良く見えなかったが、新空港の屋根の形などはぼんやりと見えた。

チェックイン、X線チェックなどを終え、搭乗口で待っていると、新空港のポスターが貼ってあった。2010年に完成するのか。今までの空港は、インドの首都空港としてはあまり貧弱だったけど、やっと一人前になれるのかな。ここに地下鉄もつながり、デリーまで問題なく出られれば、少しは楽に旅行できる国になりそう。

レー行きの便などだけには、搭乗直前に再度のX線チェックが行われる。また、一旦、空港外に出て、飛行機に積み込む自分の荷物のチェックもさせられる。

ジェットエアウェイズの機内食はうまい。オムレツにソーセージに、パン、フルーツの盛り合わせ。機内はガラガラ。半分も載っていなかった(なぜ、予約が取り難いのか謎)。

外の風景はデリー周辺の霞がかった風景から、次第に雪を被った山々に変わり、レーに近づくと褐色の山々に変わる。乾燥した高地だ。
レーに到着
空港に到着。飛行機を降りて、バスで空港建物内に。荷物を受け取る前に、外国人登録を済ます。荷物を受け取ってからは、タクシーを捕まえチリンまで。空港からチリンまでの片道公定ルート料金は確か1638ルピー。「1500ルピーでいいだろ?」といったら、あっさりOKだったので、そのままチリンまで移動する。

空には雲ひとつない紺碧の空間が広がっていた。タクシー運転手は名前は「ワンギャル」。ヌブラ出身で夏のシーズンだけ、レーに来てタクシー運転手をしているとのこと。「冬はどうしているの?」と聞くと、「家にこもっている」と。レーからのメイン道路は、今年改修されたそうで、ニムまではかなり快適に移動できた。

今まで何回も通ったニムからはザンスカール方向に進む。こちら側に来るのは初めて。チリンからニムにかけてのザンスカール川では、水量の多い夏の間、ラフティングが行われているとのこと。

チリンに近づくにつれて、谷が少しずつ狭くなってくる。
チリンの村は道沿いから見えない。店なども1、2軒のレストラン(開いていなかったが…時間が早いせいか?)があるだけで、随分と寂しいところだった。チリンからは砂利道がマルカ谷への渡し場まで続く。

チリンから少し先にいった渡し場でタクシーを降りる。ワンギャルとタクシー。
チリンからマルカ谷へ

マルカ谷へは、てっきり橋が架かっているのかと思っていたら、川にはロープが一本渡されているだけ…。そこにぶら下がっている箱で対岸に渡る。

近くにいた子供2人に使い方を教えてもらって、なんとか対岸へ。川の真ん中までは自重で簡単に来れるけど、そこから対岸までは結構腕力が必要。こんなところで荷物などを落としたら、それで今回のトレッキングは終わりになってしまうので慎重に。
なんとか渡り終え、トレッキングスタート地点に到着。
スキュへ
トレッキングポールを出し、帽子を被って歩き始める。空には雲ひとつなく紫外線が痛いほど強い。途中までは、重機(?)が通った後のようなものがあり、道は歩きやすい。9時15分スタート。

過去2回のラダックは冬だったので、緑は全くといってなかったけれど、今回は紅葉があちこちで見られた。ただ、そろそろ冬に入りそうな雰囲気。

スタート地点から2時間ほど歩いたところに、小さなゴンパがあったので、ここで一休み。寺の脇に一軒家があっただけで、それ以外何もない。

その家では現在、大麦の脱穀作業中。お母さんと子供が風の力を利用して、茎と穂をより分けていた。
カヤ村で一休み

道を歩いていると、「お茶を飲んで行け(もちろん無料ではないが)」との声が掛かったので、誘いにのって一休み。ミルクティーを2杯。

庭では、水に浸していたような大麦をパラシュートテントの上に広げて乾かそうとしていた。

お茶を飲ませてくれたおばちゃんとおじちゃん。「ここに泊まっていけば?」といわれたけど、「スキュまで行きたいので」と言って別れる。

スキュの村は谷に沿って広がっており、どこからどこまで村なのか良く分からない。人はそこそこ多く、チリンからレーに向かうバスに乗るために、私とすれ違う人も多かった。子供たちは元気よく遊んでいる。

村の開けたところでは、先ほどと同じように脱穀作業が行われていた。

上流から川の水を別に引いている。もちろんこれらは畑に使うためだけど、人力で切り開いた用水なんだろうな。気が遠くなる作業だよ。

川沿いの道のいたるところにチョルテンが鎮座している。崩れかかっているものも多く、一体いつからそこに立っていたのかと考えさせられる。
いつの間にかスキュ村に

どこからスキュ村になったのか良く分からなかったが、スキュゴンパを発見。出発から3時間。今日はショートトレッキング。まぁ、高山病も怖いし、初日はこの程度でしょう。

とりあえず、チョルテンがいくつか並んでいるゴンパ前を通過して宿を探す。

しかし、ゴンパを過ぎるとめっきり家が減る。ゴンパから歩いて少し進んだところあった家に泊まらせてもらうことに。

結構大きな家で、私が着いたときは宿に英語の少しできるおねえちゃんが1人いるだけだった。与えられた部屋は屋上にあるなかなか快適なもの。最初、「350ルピー」と言われたので部屋代だけで350ルピーか、少し高いなぁなんて思っていたら、朝夕食+ランチ付き。

屋上から見た明日歩く方面の風景。黄色や赤色の木々と土色がマッチしていてなかなかいい。

部屋で休憩していたら、ミルクティーとパン(?)をくれた。どちらも美味しかった。
スキュゴンパへ

来た道を少し戻り、ゴンパへ。ゴンパから宿方向を見た風景。ゴンパは無人で残念ながら入る事は出来なかった。

ゴンパ脇の谷筋を入っていくと、シンゴに続き、さらに進むとカンダ峠に繋がる。スピトックからトレッキングを開始する人は、ここに出てくる。
日が落ちてきて、寒くなったので宿に戻る。
夕食

夕食はベジカレー。ウマイよ。ちなみに、このトレッキング中は肉類を食べられないので野菜だけで我慢しなければならない。

お姉ちゃんと10ヶ月の子供。
2008年10月25日 作成
2008年10月30日 修正
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