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スラウェシ島(タナトラジャ)エリア:東南アジア(インドネシア) 日付:2013/08/29 (2/8)

ランテパオ散策

ランテパオには夜明け前の5:30頃到着(日の出は6:00頃)。こんな時間にバスを降ろされても困るのだが、まずは早朝から宿探し。「地球の歩き方」に紹介されていたWisma Maria Ⅰに泊まるつもり。バスを降ろされたリタ社のオフィスからは数100mの距離なので歩いていく。まだ薄暗かったが特に危険な感じはしなかった。Wisma Maria Ⅰに着き、チェックイン。こんな早い時間だが追加料金なしで部屋に入ることができた。


バスの終点のリタ社のオフィス前には、オジェック(バイクタクシー)やベチャ(自転車タクシー)が待ち構えているが、特に声を掛けられることもなかった。


宿の部屋で朝食としてロティ・マロスを食べながら1時間くらい休憩。7:00過ぎにランテパオの街の散策に出かける。宿のすぐ近くにある広場には何組もの着飾った親子連れの姿が。民族衣装、警察官、軍人、花嫁等々、小さな子供達が様々な衣装に身を包み、撮影用の即席ブースで、プロのカメラマンに記念撮影をしてもらっている。








街のメインストリート。小さな街だがそこそこの交通量はある。信号はなく警察官が交通整理をしている。



軍人が入口に立つ、ゲートのある軍の施設のような敷地内でも衣装を着飾った子供達の姿が。今日は何か特別な日なのか。


この施設の敷地に何食わぬ顔で入ろうとすると、特に声を掛けられることもなく中に入れた。


すまし顔の子が多く、決して子供達は楽しそうには見えない。



待ちくたびれて大あくびしてる子も。



これからパレードでも行われる雰囲気。


ランブソロ見学

8:00に観光案内所に行く。タナトラジャで特有の葬式、ランブソロが行われる集落の情報取集。今日は南部のSanggala(サンガラ)でKilling Buffalo(水牛の生贄儀式)が行われるとのこと。ガイド料は300000ルピア。これとは別に自分とガイドの交通費、遺族へのお土産が必要。ガイドは10分足らずで観光案内所に着き、近くの小さなスーパーでお土産のタバコ(93000ルピア)を買い、車(多分タクシーではなく一般人の車)を拾い、途中、デコボコな山道も通り、約1時間かけサンガラへ(2人分で100000ルピア)。


ランテパオからサンガラまで送ってもらった車。2人で100000ルピアは高過ぎ。


9:30くらいに葬儀が行われる集落に到着。既にかなりの人が集まっている。亡くなったのは、この集落に住むおじいさん。まずは遺族に挨拶。お土産のタバコも渡す。おもてなしのコーヒーとビスケットをいただきながら、ガイドと遺族の青年とおしゃべりしながら待つこと1時間。生贄となる水牛が登場。




まずは、敷地内を暴走しないように足を紐で固定。そして、刃渡り30センチくらいあろう山刀で、水牛の喉元(頸動脈)をあっと言う間に切り裂く。


真っ赤な血がドバドバと流出し、放心状態のように立ったままじっと動かなかったり、もんどり打ったりし、やがて地面に崩れ落ちる。それでもなお、上体を懸命に振り回すが、立ち上がることはできない。そして、とうとう血まみれになった巨体が地面に横たわったまま動かなくなる。今回、生贄となった水牛は8頭。つまり、こんな光景が、ゆうに100人は超えた参列者の目の前で、次から次へと8回繰り返される。率直に言ってむごたらしい。でもこれが彼らの文化なのである。


生贄となった8頭の水牛。



小さな子供もこういった光景に見慣れているのか。特にショッキングな体験をしたそぶりはない。



遺族一同が記念撮影。彼らの後ろに8頭の水牛が横たわっている。



生贄となった水牛は、男達の手でその場で解体される。



そんな光景を撮る地元カメラマン。



いい写真、撮れましたか?



皮を剥ぎ、内臓をきれいに取り出し、山刀で肉を切り取り、あるいは斧で骨を砕いて骨付き肉を小分けにしたりと次から次へと手際よく解体作業が行われていく。



外国人の私は客人扱い。彼らの家で記念撮影。日本のアニメが有名で、ドラえもんの歌を一緒に歌う。



集落の周りも散策。山あいに田園が広がるのどかな光景。



12:45、昼食を振る舞わられる。赤米、魚、野菜、そして水牛の肉(温かくなかったので、先程解体した肉ではないかも)を遺族数人と一緒に食べる。遺族の中には、ニューギニア島から来た人もいた。


13:30頃、集落を出発。ペテペテ(ミニバンの路線バス)が通る道まで歩く。




13:40過ぎ、ペテペテの通る道に到着。ペテペテはいつ来るか分からないが、約10分後に来た。


マカレ-ランテパオ間の道が通る分岐地点まで乗って2人で6000ルピア。ここで、ランテパオ行きのペテペテに乗り換える。ランテパオまでは2人で14000ルピアかかった。ランテパオには14:30頃に着いた。


ランテパオの小さな市場にて。


ランテパオ散策

ランテパオに着き、ガイドの薦めで博物館を見学(10000ルピア)。見学者は誰もいない。寂れた感じで、展示も民芸品等、大したことなかったが、ミイラが展示されており、これがこの博物館の目玉らしい。
博物館見学の後は、ガイドも参加しているという、町のパレード隊の練習を見学(実質ここでガイド終了)。後日行われるパレードの練習で、実際に町の通りを私の宿のそばにある広場まで歩く。この音楽隊、小さな子供から大人まで100人近くの大所帯だった。


集合場所に集まってきた少年。彼は鉄琴担当。



15:20過ぎに練習開始。



こちらは小太鼓隊。その他にも、中太鼓、大太鼓、鉄琴、鍵盤ハーモニカ(ピアニカ)、トランペットと様々な楽器の音楽隊が組織されている。



通りを歩くパレードの練習を地元の人達と一緒に付いて行く。



小太鼓のエース。この人だけ気合十分の大きな動作で太鼓を叩いていた。



練習風景を見学する人達。すぐそばでは子供達が無邪気にじゃれあっている。



こんなパフォーマンスも。



この子は、音楽隊の若い女性の先生の子供。子供同伴で仕事(ボランティア?)に励んでいる。
他にも年配の男性の統括役がいて、度々指示を出すなど、練習を仕切っていた。


17:30過ぎ、まだパレードの練習は続いていたが、広場を後にする(2時間も見学していたことになる)。


メインストリートにある銀行。せり上がった独特な屋根を持つ、トンコナンと呼ばれる建築は、この地方のシンボル。



メインストリートの交差点の真ん中にもトンコナンが。



街で出会った子供達。



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    • 周りに何もない荒野の中を走る。

    • 13:40過ぎ、ペテペテの通る道に到着。ペテペテはいつ来るか分からないが、約10分後に来た。

    • とうもろこしを買って、スルタンアフメットの前で、食べていると、「一緒に写真を撮ってくれ」と言われる。(以後、同じようなことが何度か、、、なんでだろう?) 宿に戻ると、あまりの眠さに、食事もせずに寝てしまった。20時就寝。

    • すでに大勢の人が、岬に集まっていて、沐浴している。

    • 広大な青白い氷河を眺めながらのトレッキングは快適。アイゼンが氷河にザクザク突き刺さる感触も気持いい。

    • まずはDiscovery centerに入り、ミルフォード・サウンド開拓の歴史や自然、地形等を説明するボードの前でガイドが説明。英語のため、何を話しているか分からず・・・

    • 2012年~2013年の年越し料理のバターチキン・カレー。辛さはほとんどなく、コクがあっておいしい。チキンも非常に柔らかい。ニュージーランドに来てから、フィッシュ・アンド・チップスとスーパーの買い出し食品、トレッキング用のパスタ、ラーメン、ご飯しか食べておらず、やっと「料理」と呼べるものを食べた。

    • ウルル(エアーズロック)は、遠くから見ると大平原の中のちっぽけな突起にしか見えないが、歩いてみると本当にドデカい岩だ。私なんか地球上では物質としてはどれだけ小さな存在か。でも間違いなく私は今ここにいる。

    • 昼間は人がたくさんいるけど、まだ、人通りはすくない。