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シッキムエリア:南アジア(インド) 日付:2008/05/02 (8/11)

ヨクスムからジョレタンへ


朝5時半起き。6時半発のジープ。欧米人はみんな寝ていたけれど、すでに起きていたガイドが見送ってくれた。今日の天気は昨日ほど良くなく、カンチェンジュンガは雲の中にあった。ダージリンへの直通ジープはないので、とりあえず、ジョレタンに向かう。



9時ちょうどジョレタン到着。


ジョレタンからダージリンへ


ジョレタンの町を15分ほどふらついた後、ダージリン行きのチケット(90Rs)を買う。ダージリンまで20km程度なので、安いだろうと思っていたけれど、少々高くて驚いた。ジョレタンを9時20分出発。



ダージリンまで距離的には近いけれど、道が悪い。ヨクスムからジョレタンの方がまだまし。茶畑の広がる山の尾根をジープがうなりをあげて登っていく。


ダージリン到着


11時ダージリン着。ジープスタンドにつくと、凄い数の人。99年に来たときは、ガランとしていたような気がしたけど。

とりあえず、荷物を起きたいので、99年に泊まったアリメンテに行くことに。かすかな記憶しかないので、道を人に聞きながら、坂道を登っていく。何とかアリメンテを見つけたけれど、空き部屋なしだと。しょうがないので、道を引き返し、TowersViewに行ってみるが、あまり部屋が良くないので断り、中心街の方に下っていく。


ホテルKUNJO


アリメンテの前の道を北上し、二又(微妙に三又かも)に分かれるところを左手に下った坂道の途中にある宿(二又を右に行くとTowersViewの方に行く)。屋上にタルシンを掲げているのは建物のオーナーがチベット系だからで、ホテルはベンガリーのスタッフばかり。みんな礼儀正しくて、かなりお勧め。最初400Rsと言われたけれど、(いい部屋だったけれど)高すぎると言って、帰ろうとすると250Rs+Tax10%に呆気なく下がった…。ので決定。


チョウラスタへ


チョウラスタに続く道。もう、観光スポットだね。



集会が行われていた。


ひと回り


ダージリンでの目的は、チベット難民センターとブティアゴンパだけだったので、大回りしていってみようと思って、HillCartRd.を時計回りに歩く。昔行ったことのあるヒマラヤ登山学院には行ってもいいかなと思っていたけれど、動物園&登山学院のセットとなっていて、外国人は100Rs。う~む、悩んで諦める。

そのまま歩いて、動いていなかったロープウェイの下をくぐり、ダージリンの裏道へ。



茶畑が一面に広がっている。



もう少し下ると、ロッククライミング用の岩がいくつかあった。そのうち一つはインド人の遊び場となっていて、その近くではお茶を売る店が並んでいた。


チベット難民センター

ロッククライミングの場所から少し歩くと、茶畑の上に、チベット難民センターが見えた。


茶畑の中を歩き、登っていく。途中、難民センターに住む中学生くらいの男の子が「こっちだよ」と案内してくれた。



難民センターには工房がいくつもあり、それぞれ木工の部屋や絨毯の部屋などに分かれている。女性がたくさんいる部屋に行くと、笑顔でドネーションとサインを求められる。ここで小銭は全てなくなった…。



絨毯工房。絨毯一枚1ヶ月/人だそうだ。



モモ屋。ラサ出身のおじさんのモモは素朴で美味しかった。



ここは、編む人たちの工房。



帰り際に少し階段を登ったところから振り返って見た難民センター。


ブティア・ブスティ・モナストリー


カルマ・ドルジェ・チューリンでは現地の人に通じず。ブティアとかの方が通じる。難民センターから歩いて10分ほど。1回りすると坊さんが裏でクリケット中。表では別の坊さんが外国人の説明を行っていた。私も中に入れてもらう。カギュ派なので当然カルマパの写真があり、坊さんが被っていたウール帽には「カルマパを知っているか?」の文字。ここに来る前にポダンゴンパから少し離れたメディテーションセンターで修行をしていたとかで、ポダンの話でも盛り上がる。こちらでも、2階含めじっくり見せてもらった。ただ、2階の壁画は全て書き直されていた。「古くてよく見えなかったから」と。やはり、日本人とはこの辺の意識が少し違うんだな。



外人説明担当の「カルマパを知っているか?」帽を被っている坊さん。



デジカメに入っているポダンの写真を見せてあげると、この人知っている!とか言っていた。ついでに写真も撮ってもらった。


宿に戻る


部屋に戻ると、ちょうど沈み始める夕日が美しかった。シャワーを浴びようと蛇口を捻ってもお湯が出てこないと思ったら、バケツに溜めたお湯でシャワーのシステムであった…。24時間お湯が使えるといっていたのに…。歩きすぎたせいか、右ひざの下がはれて、少々痛い。



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    • 広場の入口付近に殺到する人達。ほとんどの人は、私同様、野次馬だったと思われる。集団が集団を呼び、無秩序になっていき、何かのきっかけで暴動に発展する。今回は幸い暴動にまでは至らなかったが、何かそんな予感を起こした場面もあった。

    • 子供はヤギの頭で遊ぶ・・・

    • 一方、上流には立派な橋が架けられている。