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エベレスト街道エリア:南アジア(ネパール) 日付:2008/12/31 (12/16)

ナムチェの朝


朝食は、シンプルブレックファースト。もう、白人が喜びそうなメニューだな。外の天気は、雲が出たり晴れたりで、移ろいやすい。


ルクラに向けて出発


準備をして9時に出発。愛想のよい宿の兄ちゃん。



ナムチェのメイン通り。



さよなら、ナムチェ。村の入り口のチェックポストでチェックを受けて村を出る。チェックポストで坂を登ってきたばかりの日本人にあったが、入域料も払っていなければ(出発が早すぎて)、TIMSカードも持っていなかった。TIMSカードはパスポートで代用できそうであった。

坂をぐんぐん下って、橋を渡る。途中で出会うのはみかん売りぐらいで、人は少なかった。坂の途中から運がよければエベレストの頭が見えるのだが、今日は見ることはできなかった。



あとは湿度の高い川の脇を歩く。空は真っ白であり、晴れそうな気配はない。



モンジョのチェクポスト手前の急坂。



ここで、最後のチェックを受ける。



村と村をつなぐ道をひたすら歩く。



途中から一緒に歩いてきたガイドのキムさん。ブラジル人のガイドをやっているのだが、反りが合わずに、別々に行動しているらしい。。。彼の口からは、不満たらたら。「もう、ブラジル人のガイドはやらん!」と。彼とはパクディンの宿で別れたが、ここで一休みをしたため、かなり体が冷えた。

あとは、1人でひたすら歩く。途中で、日本の団体を追い抜きながら歩く。




ルクラ到着


14時半、ルクラ到着。



ナマステロッジに泊まる。ペンキの塗装中であったため、中でも少し、そのにおいが鼻につく。食堂でまったりしていると、先ほど追い抜いた日本人の団体客が、ぞろぞろやってきた。



夕食はスパゲッティ。日本人団体客は豪勢な夕食であったので、少々恥ずかしさを感じる。



食後は、日本人団体客の打ち上げのおこぼれをもらいながら、過ごす。



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    • そう言えばバタバタしててチェックインもしてなかった。改めてチェックイン。レセプションの窓から奇岩が見える。お腹の調子も少し治ったようなので街を散策してみよう。

    • 教室の黒板。


    • 余裕を持って宿を出たので、空港での待ち時間が随分あった。スバルのレガシーが展示してあったけれど、タイヤがドロドロ。せめて綺麗にしてから展示したほうが良いんじゃ。。。?

    • 日の入り約30分後の17:50、やっと今日の宿泊地に到着。周りには数100m距離をおいて、家が点在している程度で、広大な平地のド真ん中にいる感じだ。

    • さて、マルディンはシリア正教というキリスト教の一派の人々も暮らしている。そのシリア正教の総本山がここザファラン修道院。内部はそーんなに凄くないかなぁ。素朴な感じで味わい深い感じ。立派な建物なのだが見学可能な部分が少なく30分ぐらいで見終わってしまった。

    • モンラーに到着したのは、16時半。

    • 道路から一段降りたところが、私たちの食堂&休憩所。道から丸見え。

    • シムラの町を眺める。写真の真ん中の黄色の横に細長い建物がメインのバスターミナル。チャンディガールからのバスはここに着く。リコンピオ行きのバスはこの斜面の裏側のバスターミナルから出る。でもリコンピオからのバスは手前のバスターミナルに着いた。