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アンナプルナ内院エリア:南アジア(ネパール) 日付:2013/12/22 (2/15)

昆明市街散策

昨晩は2:30過ぎに就寝したが、8:00前に目覚まし時計で起き(日の出は7:50頃)、昆明市街へ散策に出かける。カトマンズ行きの飛行機は14:25発。ホテルのチェックアウトは12:00までなので、12:00近くまで時間を使える。ホテルから数キロ北側にある老街(古い街並み)を散策するつもりだったので、まずは老街へ向かう。途中、タクシーを拾うつもりが、流しのタクシーをうまく拾えず(タクシーが通り過ぎる前に手を上げるが、既に乗客を乗せておりスルーされること数台)、結局、老街地帯まで30分強かけ歩いてしまった。そして、老街地帯の文明街、文庙直街、光华街、景星街付近を約1時間かけて散策した。


この建物は清の時代に建てられたらしい。



開発・整備が進んでおり、至る所で建物が新しくなっていたり、工事中だったりする。



新しい建物も昔のスタイルで建てており、昔の雰囲気は残そうとしている。



中にはこんな古びた、というか廃れた路地もあるが、大半は整備されつつある。



一見、下書きなしの職人芸に見えたが、ちゃんと下書きされていた。それでも、きっちり綺麗に書くのは大変でしょうが。



周辺では、こんな高層ビルも建築中。少し離れた所には近代的なショッピング街もある。



老街の一画に金魚屋さんが並ぶ地帯がある。ここは、その近くにある景星花鳥珠宝世界というショッピングモールの中。



老街の周りは、近代的に開発されており賑やか。


老街散策を終え、南下し、近代的なショッピング街を抜けて金碧広場に出る。この時点で10:20前。近くに雲南名物の過橋米線(过桥米线)の店があったので、そこで遅い朝食。そして近くに停まっているタクシーを拾い、ホテルの近くの昆明駅へ。運転手に行き先を告げる時、「クンミン ステーション」と言うが、これしきの英語も通じない。そこで紙に駅を意味する「站」の字を書くとやっと通じる。たまたま「駅」を「站」と書くことを知っていたので、それですぐに通じたが「駅」と書いたら通じなかったかもしれない。昆明駅まではメーターで8元(初乗り運賃)だったので、ぴったり8元払おうとすると、運転手はその金額で満足しないようで、車内に貼ってあるステッカーを指差す。そこには燃油代が2元かかることを意味しそうな中国語が書いてあったので、10元札を渡すとOKだった。帰国後、ホームページで確認すると、確かに、初乗り3km8元で燃料費2元必要との情報があった。


「金馬」、「碧雞」と書かれた2つの門が建つ金碧広場。


昆明駅を見学し、数100m先のホテルへ戻る。


昆明駅からホテルに戻る途中に通った路地にて。


ホテルには11:20分頃に到着。少し休憩し、11:30過ぎにチェックアウト。


ホテルの部屋(11階)からの景色。眼下の建物の屋根には、太陽熱温水器設備らしきものが無数に設置されている。中国では国を挙げて太陽熱利用システムの設置を促進しているらしい。


今回泊まった雲南錦華国際酒店(Yunnan Kingworld International Hotel)のすぐ近くにある錦江大酒店(Jinjiang Hotel)の前からエアポートバス2号線は出発する。チケットブースがあるので、事前にチケットを購入(25元)。


エアポートバス2号線の出発地点。このすぐ向こう側が大通りの北京路(昨晩、空港から来た時に降ろされたのは、北京路沿いの路肩だった)。左側に錦江大酒店(Jinjiang Hotel)の高いビルがそびえている。


エアポートバスは、錦江大酒店(Jinjiang Hotel)前を11:50に出発し、途中2カ所の停留所でも客を乗せ、12:30前に空港に到着。昆明からカトマンズのフライトでは、右窓側に座ればヒマラヤ山脈が見えるはずなので、チェックイン時に右窓側の座席をリクエスト。チェックインは出発時刻(14:25)の約1時間半前の12:45頃だったと思うが、窓側は全て席が埋まっているのか、左側も含め窓側の席はないと断られる。後で聞いた話によると、私より先にチェックインした人もダメだったとのこと。


エアポートバス(一番前の席)から。正面に昆明長水国際空港。


搭乗ロビーで、昨晩同じホテルに泊まっていた日本人旅行者(Mさん)と再会。彼と私は、チェックイン時に渡された手書きのフロアと部屋番号の数字を、フロント係員の書き癖のため、お互いに11階を7階と勘違いし、一緒に部屋を探したことは、前述した通り。Mさんは、カトマンズでタメル地区の日本人御用達の宿であるFUJI HOTELを予約しているとのこと。また、予約はしていないが、明日飛行機でポカラに行きたいとのことだった。私はカトマンズ到着後、ナイトバスでポカラに向かう予定だったが、カトマンズ空港にFUJI HOTELの無料のお迎えが来るとのことで、私も便乗させていただくことにする。
Mさんと話している最中に、場内アナウンスで我々の乗る便が30分遅延する旨の案内があったようで、近くにいた日本在住歴のあるスウェーデン人が日本語でその内容を教えてくれる。14:25発の我々の乗る飛行機は、昆明行きの乗客を乗せた便の機体が14:30頃に到着。乗客を降ろし、機内清掃、給油、機体チェック等が終わり、搭乗手続きが始まったのが15:00過ぎ。ちょうど1時間遅れの15:24に動き出し、離陸できたのは15:43。


カトマンズ行きの機材。関西-上海-昆明の機材はシートピッチが足を余裕で組めるくらいあったが、今回の機材は足を組んでギリギリくらいの広さ。関西-上海-昆明同様、個人モニターは付いていない。窓側にも座れず暇なので大半は寝て過ごした。前のフライトと次のフライトとの機材の使い回しの時間に余裕がないこと(前の機材の到着遅延がモロに次のフライトの遅延につながる)等、LCCのようだ(実際に航空券代は安かった)。


昆明からカトマンズへ

15:15カトマンズ到着予定が1時間半遅れの16:45頃に到着(中国時間19:00頃)。日の入りが17:10頃なので夕暮れ時だ。観光ビザを事前に取得しておらず、ビザ発行の列に並ぶ時間を少しでも減らすために、飛行機から降りた後、先に降りていたMさんに追い付き、一緒に小走りで、入国審査場に向かい、机の上に置かれたビザ申請書を取り、そのままビザ発行の列に並ぶ。幸いそんなに並んではおらず、立ったままパスポートを下敷きがわりに、ビザ申請書の必要事項を記入。10分程度でビザ発行・入国手続きが済んだ。空港の外に出て、FUJI HOTELのお迎えと合流。1時間半も遅延したが、ちゃんと待っていてくれた。ここで、もう一人の日本人単独旅行者も合流。他にも客がいるらしく20分以上待ったか、それでも来ない。結局、3人でFUJI HOTELに向かう。今夜バスでポカラに移動するつもりでいたが、ここ数日腰の具合が悪く、長時間の狭いバスの移動で腰が悪化することが不安。さらに、日も暮れ暗くなったことで、これから重いザック(14kg)を背負ってナイトバスのチケットを探しに行くのが嫌になり、FUJI HOTELで明日のポカラ行きのフライトを予約できれば、今夜はFUJI HOTELで1泊することに決める。結果、翌日のポカラ行きのチケットは、午前中のフライトは満席だったが、12:30のフライトをMさんと私の分、予約することができた。


カトマンズ空港の外。空港前はタクシーが待ち構えている。空港出口近くのタクシーチケットカウンターで購入するとタメル地区まで700ルピー。



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